過渡期。

恐らく今は過渡期っつーか、もう、また次のところに行ってしまったのかも知れないけれども、それは自分の書くものに対しての自分の意識であって、評価であるのだけれども、それがいつ、とか、どういった時に、といった具体的な指針のようなものは無いのだけれども、まあ、最近の自分の書くものについては、また、少し次の段階に行ったなぁ、という感想があって。
それは進歩かどうかは分からないけれども、変化であることは確かであって、嬉しいといえば嬉しい。
その変化というものは、多分他の人にはあまり顕在化しないものなんだろうと思うし、たとえ気付いたところで、やはり多分だけれども、大した益もないのだろうから、それはそれで好いのだろう。ただもしかしたら、他の人がその変化、というものに気付いた時には、それは少しだけリアルタイムに対して遅れていて、つまり、気づいた時にはもう次の段階にまたシフトしているから、結局本質を掴めないまま、私の文章は流れていっているのかも知れない。
また一方で、そういった変化について、他の人の意見を聴くことはとても参考になる。自分では変化したことはわかってもどう変化したか分からないことは多い、というよりかは、そちらの方が基本で、分かることなんていうのは結局自分の文脈で捕らえるのだから、あまり進歩が無いのかも知れない。
まあそれでも、その変化を感じられるというのは、前述の通りやはりとても嬉しいことであって。
今は、難しい言葉とか、重い表現とか、背伸びしたような比喩とかは、ちょっとおなか一杯の感じがあって、できれば地に足が付いたような、といった、できるだけ静かな文章が書ければ、という感じで、まあ、うん、ていう。
短編か掌編でもアレしようみたいな気もあったけれども、今は、どうだろうなぁ。言葉を積んでる方が楽しい、見たいなところもあって、短い中でどうまとめてどう落とすか、みたいな。