夏と秋の間の夜に。

 正午より少し前、空には雲が重く、それでも夏は私に汗を要求する。抗うことは出来ない。
 駅までは歩いて10分と少しの距離だったが、Tシャツが湿るには十分だった。
 平日のこの時間帯のホームには、私が思っていた以上の人が居た。学校はまだ夏休みである。
 程なく電車はやってきて、私は後ろから2両目の車両に乗った。冷房はそんなに強くは効いておらず、そのことは却って私を安心させた。客はまばらであったが、進行方向に対して一番前の3人がけの席に、男の子と女の子(男の子の方が兄であろう)とその母親が座っていて、女の子は何が不満なのかずいぶん派手にぐずっていた。乗客は皆、見るとはなしに聞くとはなしに、その様子に気を配っていた。女の子の不満の原因について私もあれこれと思案したが、彼女はやがて泣きだし、本格的に母親があやしにかかると、程なく静かになった。車両の雰囲気は、どこにでもあるそれへと落ち着いて行った。
 私は携帯用の音楽プレイヤーを持っていたが、イヤホンを耳に挿すことは無かった。そうすることで、日常が発する世界が軋む音を逃してしまうのは、今日は何だか勿体ないような気がしたのだった。