ある夜1。

まだ夜の深くない間に呑んだアルコールは、もうどこかへ逃げてしまったようだった。血中アルコール濃度、なんていう生理学的な話をする気はないけれども、酔いという、コレはどの分野に入るのだろうか、とりあえずそういった要素は体内にはまだ残っているのかも知れなかった。自分でそれを確認する術はどこにもなかったのだけれども。
雨は降ったり止んだりして、日常の枠組みにきっちり収まった私を片時も飽きさせることがなかった。それは私にとって少なくない幸せであった。夜に眠る時も、もう季節の上では夏至を過ぎていることもあって蛙の声もせず、私は静かな闇の中でいつ来るとも知れない朝を待っていたのであったが、降り付ける雨は一定のリズムで、しかし平坦な音ではなく、ばらばらとした凹凸を持った音の連なり、それは静かな賑やかさと言っても好いだろうけれども、私はそれに心持ちの平坦になる要素を求めていた。時に寄り掛かり、時に窓ガラスを隔てた向こうに降る雨と私との距離のことを考えたりした。ベランダの手すりなどに当たって音を立てていることが、雨の降っている、彼らのそこにいることの証明であった。
存在、などと書くと、ああ、熟語は重々しい雰囲気、整頓された印象を与えてしまっていけないけれども、そういったもの、存在を、何かがそこに「確実に」あるのだということ、それを意識し確認することは、すなわち自分の存在を確認することに他ならなかった。ああ、やはり話題が重くなってしまっていけない。雨脚はどんなに強くなったって、私に重黒しさを感じさせることなど一時もなかった。むしろ、私はその激しく打ち付ける強い音に心持ちを昂ぶらせるのである。そういった足取りの軽さを、私はいずれ身に付けなければならないのである。
深夜であった。いろいろの物が、あるいは者が眠っている音がする。私はもう少しだけ夜を引きずってみようと思う。やはりアルコールの所為だろうか。