そこに何かを物語る前に。-2-

ある一日は唐突にやってくるのであったが、それは私にとっては唐突であっても、その一日に包まれているどこか別の場所、他の誰かにとっては全く平生のものであって、私だけがある逸脱に対して意見を言うのは、少し待ってみようと思うのである。
午前中は事もなく過ぎていった。私は仕事を、生活するためにする仕事をしていた。それが、例えばある一定の充実を迎えた時や、反対に鈍い色をした不満や疲労が実体を持った時、そこに小説が生まれたりするわけだけれども、ここでの仕事がそれらの糧になっているかどうか、なっていないと言えば嘘になるだろうけれども、あまり役に立っているようには思われなかった。
単純な作業であった。誰にでもできるような、法に触れない限り年齢制限などのない一連の作業である。私は丸椅子に腰掛けている。目の前にはベルトコンベアが一定の音を立てながら一定の速度で流れている。その上には、大小さまざまの箱がほぼ等間隔に載せられて、右から左へと移動してゆく。私は、その箱がな手近なところまで来ると、それに耳を近づけて音を聴く。安全な音がすればそのまま流すし、そうでなければ取り除いて、脇にある箱か台車の上などに、とりあえず流れから外してしまう。午前中3時間、午後3時間私は音を聴き続けるのであった。
音は日によって違った。晴れた日は好く乾いた音がした。雨の日は湿った音が、曇りの日ははっきりしない音がすることが多く、天気に左右されるのが常だったが、他にも祝日には静かな音がしたし、従業員の少ない日はとても小さな音しかしないこともあった。
そのある一日の午前中にも、私は平生通り適当に仕事をこなし、昼食を食べ、少し眠り、午後の作業に戻ったのだった。
やはり作業は平坦だった。私は決まった動作を何べんも繰り返した。それでも、不良品をベルトコンベアから外す時は体をねじったり反転させたりするので、決まりきった作業に凹凸が生まれるのだったが、それもほんの一時(いっとき)のことであり、平坦が続けば続くほど、その僅かな突起は丸く磨耗していって、表面の摩擦係数は限りなくゼロに近くなり、そのうちに突起の用を成さなくなる。私の意識はその表面を上滑りしてゆくから、結局平坦は平坦のままナニモノにも害されることなく侵されることなく、素知らぬ顔をしてベルトコンベアの上を流れてゆくのである。私はそこに疲労を感ずる。
ところで私は、これらの中に何が入っているのか知らない。箱を開けて中を見ることは禁止されていた。私は箱の中身に興味があった。しかし見ようとは思わなかった。見ることはとても簡単だったが、見ないことは決まりであって、そこに見るという選択肢は元々なかった。見る、ということに付随する「見ない」という選択肢は、もちろん反対でも好いのだけれども、一方が欠落することによって成立し得なかった。誰かに言われたわけではなかったが、私には自然とそのことが了解されていた。了解されているということは、一度その手前にある矛盾を通り抜けなければならないのだけれども、恐らくそれは自然と行われていたことであるので、私には好く分からなかった。
箱の素材は大体がダンボールなのだけれども、木性も比較的多い。プラスチックやガラスの箱もある。あとは、樹脂なのだろうか、何か素材の分からないものも一日に何個か流れてくる。
箱たちは、私の右側の少し行ったところの壁から、そこは3メートル四方くらいに切ってあって、黒いゴムの暖簾のようなものが下がっているのだけれども、そこから出てくる。黒いゴムの暖簾のお陰で、向こう側は見えない。左側も同じようになっていて、やはり向こう側は見えない。どこから流れてきてどこへ流れて行くのか私は知らないし、知らされてもいない。
私はただ、任された仕事を、任されたように、流れを滞らせることもなく行うことで、幾らかの賃金と、また一日のある区切られた時間に対して達成感という色彩を付与することができるのである。労働の意味については、私には深いことは分からなかったけれども、手元に残る幾らかの賃金という形あるものは、少なくとも私に幾らかの疲労を刻み続けている労働のあったことを立証していた。その上に生活が成り立っていて、私が成り立っている。構造自体はきっと皆簡単なのだった。問題はそれらの要素間の関係性にあった。
3時をすぎた頃であった。少々大きめのダンボール、そこからは2匹の雄猫が1匹の雌猫を争う時に発するような雑音が聞こえていたのだけれども、それを不良品として背後に置いてから視線をベルトコンベアに戻すと、箱2つ分向こう側に緑色の箱が流れてきているのが見えた。目の前の箱とその次の箱は安全な音がしていたというよりは、むしろほとんど無音に近く、しかし今日は別段従業員の少ない日でも、天候の翳っている日でもなかったのだけれども、それらの音のしないことの要因を探しているうちに、その緑色の箱を扱う時は遣って来たのであった。